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佐賀地方裁判所唐津支部 昭和26年(ワ)68号 判決

原告 田中音吉

被告 井華鉱業株式会社

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、被告は原告に対し金弍拾六万九千百円とこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払を為すこと、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、被告会社は石炭の採掘を業とする会社であつて、原告は昭和二十年十二月二十六日被告会社の採炭夫として雇傭され爾来専念右業務に従事し来つたものであるが、被告会社は昭和二十四年三月二十五日原告が雇傭された際前科二犯あることを秘し前歴を詐称したとの理由により何等の予告なしに原告を解雇したのである。

而して原告の右前科と言うのは大正六年中徴兵令違反により科料五円、大正九年四月小倉区裁判所に於て賭博罪により罰金弍拾円に処せられたことを指すものであると思われるが、然し乍ら、右前科は昭和二十二年法律第百二十四号刑法の一部改正による法律第三十四条ノ二の規定によつて既に消滅しているものであるから、原告は前歴を詐称したことは全然ないのである。そして又労働基準法第二十条の規定によれば使用者は労働者を解雇しようとする場合に於ては、少くとも三十日前にその予告をしなければならないことになつている。それにも拘らず被告会社は原告に対し何等の予告を為すことなく突如として原告を解雇するに至つたのである。従つて右解雇は右法条に違反し明らかに不当である。

又以上のように原告の前科は既に消滅しているに拘らず、被告会社は右解雇に当り原告が前科二犯を有するものとして解雇人名簿を作成して被告会社の労働組合に交付し、原告を前科者なりと公然事実を摘示して原告の名誉までも毀損したものである。それ故に原告は爾来信用を失い何れにも就職が出来ず、原告は目下窮乏の生活に陥つている有様である。これは全く被告会社の前記不当解雇と名誉毀損の不法行為に基因するものであるから、被告会社は原告が蒙つた右損害の賠償を為すべき義務あること亦明白である。而して原告は被告会社に採炭夫として入所以来一日平均四百五拾円の賃銀を得ていたものであるから、解雇後本訴提起まで二十六ケ月間の労働につき一ケ月労働日数最少限平均二十三日として、合計五百九十八日間に得べかりし賃銀合計弍拾六万九千百円の損害を蒙つているので、その支払を求めるため本訴請求に及んだものであると陳述し、原告の主張に反する被告の答弁並に抗弁を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の如く被告会社が石炭の採掘を業としていること、被告会社が原告主張の日時原告を雇入れ原告が爾来業務に専従し来つたこと、被告会社が原告主張の日時何等の予告なしに原告を解雇したこと及び原告の前科が現在消滅していること、等はいずれもこれを認めるが其の余の主張事実はこれを否認する。

抗弁として被告会社が原告を解雇したのは正当である。即ち、(一)右解雇当時の被告の営業状態は著しく悪化していたため、炭坑特別調査団等から経営の合理化を迫られ、これを実現しなければ被告の鉱業所は廃止しなければならぬ情勢にあつたのである。そこで被告は従業員二百五十名の整理解雇を為し、もつて経営の合理化をはかつたこと、(二)原告を解雇したのは、原告が雇傭当時前歴を詐称したのみではなく、其の他原告が他の従業員との協調が悪く作業能率も低く整理後残留する者に比し被告の従業員として不適当と認めたこと、(三)被告は原告を解雇するに当り労働基準法第二十条の規定により昭和二十四年三月二十六日予告手当として三十日分の平均賃銀七千八百九拾円六拾銭を支払い、又被告会社の規定により退職手当として同日金参万参千六百七拾参円弍拾銭を支給していること、等により被告が原告を解雇したのは正に正当である。従つて不当解雇を原因とする原告の本訴請求は失当である。

又原告の名誉毀損による不法行為の主張に対しては仮定抗弁として、被告が原告を解雇した際原告所属の労働組合から被告に対し原告その他の被解雇者等に対する解雇理由の説明を強く要求したので、被告は原告の解雇理由を述べた際、原告が採用当時前科のあつたのをかくしていた前歴詐称の点も他の理由と共に綜合判定の資料となつている旨を述べたのである。然しそれは、原告の属する労働組合の代表者の要求によつて為したまでの事であつて、斯の如き要求は団体交渉の組合側代表者の権限に属するものであるから、これに対し被告が前記のように説明したのも団体交渉を拒絶し得ない結果に外ならない。而も右団体交渉の内容は秘密であり当事者は右内容が第三者に漏れないよう充分の注意を為したものであるから、原告主張は理由がない。従つて不法行為を原因とする原告の本訴請求も亦失当である。

次に原告主張の損害金の数額に対する仮定抗弁として原告は被告から解雇された後一ケ月を経ない昭和二十四年四月十五日広井武の経営に係る鉱業所に就職し、其の後同鉱業所の閉鎖により同所を辞め更に同二十五年二月十二日北波多鉱業所に転職し同年十一月三十日自己の都合により該鉱業所を辞めたものであるからこの点に関する原告の主張も亦理由がない。と陳述した。<立証省略>

三、理  由

被告会社が石炭の採掘を業とし、原告が昭和二十年十二月二十六日被告会社の採炭夫として雇傭され爾来その業務に専従し来たつたこと、又被告会社が昭和二十四年三月二十五日何等の予告を為すことなく原告を解雇したこと及び右解雇当時に於て原告の徴兵令違反及び賭博罪による前科二犯が既に消滅して居たこと等は当事者間に争がない。

そこで原告の不当解雇の主張につき案ずるに、労働基準法第二十条第一項の規定によれば使用者が労働者を解雇しようとする場合には少くとも三十日前にその旨の予告を為すか、若し右予告をしない場合には三十日分以上の平均賃銀を支払えば解雇出来る旨規定されているのである。而して成立に争がない乙第一号証の二、同第二号証の二及び証人中村兼夫の証言を綜合すれば被告会社は原告に対し昭和二十四年三月二十六日予告手当として三十日分の平均賃銀七千八百九拾円六拾銭(一日金弍百六拾参円弍銭)と其の他に退職手当として合計金参万参千六百七拾参円弍拾銭を既に支払い、原告はこれを受取つていることを認むるに十分である。されば被告の右解雇が労働基準法第二十条に違反する不当なものとは思われないので、此の点に関する原告の右主張は何等理由がない。

次に原告の名誉毀損の不法行為による損害賠償の請求につき案ずるに、

原告主張の前科抹消の規定である刑法第三十四条ノ二は昭和二十二年法律第百二十四号をもつて同年十一月十五日から施行されたものであるから、原告が被告会社に雇傭された昭和二十年十二月二十六日当時に於ては冒頭認定の原告の前科は未だ消滅していないのである。従つて原告が被告会社に雇傭せらるるに当り前科がないと申述べたことは、その事自体に於て原告が自己の賞罰に関する前歴を詐称したものと言われても仕方のないことである。然し解雇当時は原告の右前科は既に消滅していたのであるから、斯様な人の名誉に関することは慎まなければならぬことはこれを否定し得ないのである。そこで被告が斯様な事を言つたかどうか、又言つたとすればその言つたことにつき被告に故意又は過失があつたかどうかにつきこれを案ずるに、成立に争がない乙第三号証、同第四号証と証人浜肇、同中村兼夫、同山崎益広、同柏尾継雄、同平本昇、同中島薫、同大木栄一等の各証言を綜合すると、

(一)  昭和二十四年三月当時被告会社の経営状態は出炭率が著しく悪く、其の為に炭坑特別調査団から数回に亘り事業経営の合理化を迫られ、同年六月頃にこれを実現しなければ事業を廃止する旨の厳しい指令に接したので、被告会社は経営の合理化を実現する手段として従業員二百五十名の整理解雇を行うのやむなきに至つたこと。

(二)  被告会社は右整理条件として、(1) 老令者、(2) 技能の劣つた者、(3) 成績不良の者、(4) 協調性がない者、(5) 雇傭当時前歴を詐称した者等を綜合判定することに定め整理人員名簿を作成し、その整理の円滑を期する為原告の属する労働組合の代表者と昭和二十四年三月頃数回の会合を為し団体交渉を行つたこと。

(三)  被告会社が組合側代表者に交付した右整理人員名簿は、其の表紙に[極秘]と朱書し個人別に解雇理由は全く記載されて居なかつたこと、それで組合側役員はこれでは解雇理由が全く不明だから了解の出来るよう個人別に解雇理由を発表して貰いたいと強く要望したので、被告会社側は余儀なく同会議の席上で解雇人員に対する個人別理由を口頭で発表し、其の際原告に対する解雇理由として、(一)原告が老令であること、(二)技術も現在の被告会社の採炭方式に適しないこと、(三)性格的には他人と協調性がないこと、(四)成績は将来に期待がもてないこと、(五)採用の時前科があつたことをかくしていたこと等を綜合判定したものである旨申したこと。

(四)  被告会社の就業規則第十一条第三号によれば刑法上の罰金以上の処分を受けた者は原則として採用しない旨、又同規則第十四条第一項第三号によれば雇入に際し詐術を用いたときは解雇出来る旨規定されていること。

(五)  右会議は非公開の下に於て行われその内容は組合代表者側と被告会社側はいずれも極秘とし第三者に漏れることのないよう万全の注意がなされたこと。

等を認むるに十分である。

然るときは被告会社側の代表者が右会議の席上に於て口頭をもつて原告が採用当時前科あることをかくしていたことを指摘したことは、これは取りも直さず原告の代表者の要求による結果であつて、いわば原告自身の要求に基く結果であると言つても過言ではあるまい。のみならず労働組合法第七条第二号によれば使用者は団体交渉に応じなければならぬ義務あることを明定しているのであるから団体交渉の円満なる解決の為に個人別に解雇理由を指摘することもそれが秘密を条件とする限りに於ては前記義務の一部であると解し得ないこともない。されば斯る事情に併せ、前記認定の各事実を綜合すると、被告側代表者が原告の解雇理由として原告が採用されるとき前科のあることをかくしていたと言つたことは、それは公然原告の名誉を毀損したことにもならなければ、又原告の名誉を毀損する故意又は過失があつたともこれを認め得ないのである。従つて被告側代表者に於て原告の名誉を毀損した不法行為は何等見るべきものは存しない。然るときは被告側代表者に不法行為があつたことを前提とする原告の本訴請求も亦理由がない。

本件証拠中以上の各認定に反する部分はいずれもこれを措信しない。

然るときは爾余の争点を審判する迄もなく原告の本訴請求は失当であるからこれを理由なきものと認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 桜木繁次)

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